ノブの長崎ぶらぶらブログ

ノブの長崎ぶらぶらブログ

1988年生まれ。長崎県に住んでいます。日頃の生活であったことをベースにいろいろと書いていきます。食べ物から趣味、仕事の話、好きなアーティストの話などなど。とりあえず幅広く書いちゃいます(^0^)

【長崎市被爆建造物関係】杉本家のレンガ塀

どうもノブです。

長崎は、広島とともに原爆を落とされた都市で、73年前の1945年に原爆が投下されました。

投下からすぐに長崎は「復興」を優先し、被爆した建造物を撤去してきましたが、その中でいくつか現在に残るものがあります。

その中から今回は、長崎市家野町にある「杉本家のレンガ塀」を紹介したいと思います。

f:id:xxxnobuxxx:20180904153939j:plain

「杉本家のレンガ塀」と名前の通り、これは民間の方が自宅の外囲いとして立てたレンガ製の塀になります。

説明が記載されたプレートも展示してあります。

f:id:xxxnobuxxx:20180904153931j:plain

写真からは文字が読みにくいと思いますので、文字に起こしておきます。

高さ1.2m、厚さ約25cmのレンガ塀。塀の内側に住んでいた杉本巌さんは、原爆が落ちた時、爆心地から約3.6km離れている梅ヶ崎町(今の新地町)の長崎郵便局で勤務中だった。

夕方自宅にたどり付くと木造2階の家屋は焼け落ちていた。爆心地から北に約1.5km、120坪余りを囲んでいたレンガ塀は、被爆後の人探しや、被災家屋の確認等の目的にもなったといわれる。

今はこの標柱を残すのみであるが、「1945年8月9日、戦争で長崎に原爆が投下され、たくさんの人が亡くなり、その後もたくさんの人たちが病気で苦しんだ。

原爆を決して忘れることがないよう、子共たちに語り伝えていきたい。」という思いを込めて残されている。

長崎市はこの地で亡くなられた方々のご冥福をお祈りし、二度とこのような惨禍が繰り返されないことを願って、この銘板を設置する。

2010年(平成22年)3月長崎市原爆資料館

後ろにアパマンショップとあるように、当たり前のように町並みに溶け込んでいます。

f:id:xxxnobuxxx:20180904154010j:plain

こういった生活に身近な場所でも被爆の悲惨さを伝えています。

場所:長崎市家野町1

専用の駐車場などはありませんので、訪問される場合は、路面電車や路線バスをご利用ください。

最寄電停:若葉町(140m)、長崎大学前(190m)

最寄バス停:若葉町、長崎大学